事業承継税制は親族外贈与でも使用可能?役員・従業員への承継におけるポイントや留意点を解説!
会社の役員や従業員を後継者として、親族以外に事業を承継する事例も多くあります。
事業承継は、経営の後継者不在が深刻化している現状から、国や地方自治体による対策が手厚くなっている分野です。
その一例として、非上場会社株式についての贈与税・相続税の納税猶予、いわゆる「事業承継税制」があります。
事業承継税制の制度自体は以前から存在していましたが、平成30年度税制改正が行われ、適用要件が大幅に改善されました。
また、この制度は親族に対する事業承継のみならず、親族外への贈与や遺贈においても適用が可能なため、後継者として会社の役員や従業員のうちのキーパーソンを考えている経営者にとっては、適用を検討すべき制度と言えると思います。
一方で、デメリットや留意点といったものも存在しますので、それらを十分に考慮した上で適用すべきを否かを決定する必要があります。
今回は、役員や従業員を対象に事業承継を行う場合に焦点を当て、事業承継税制のメリット・デメリットを解説します。
[ご注意]
記事は、執筆日時点における法令等に基づき解説されています。
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事業承継税制に関する全般的な解説はコチラ
目次
はじめに-事業承継の3つのパターン
中小企業のオーナー経営者にとっての事業承継の候補として、①親族、②従業員、③第三者(M&A)が考えられます。
それぞれ、譲渡対価の決定の仕方や発生する税金の種類や適用される税制度に違いがあります。
①親族への承継
オーナー経営者の子や親戚が事業を承継するケース
②従業員への承継
役員や従業員等、事業にこれまで関係してきた人物が承継するケース
③第三者への承継(M&A)
元々関係がなかった第三者に対して株式譲渡・事業譲渡・合併等のM&A手法を用いて承継するケース
いずれのケースにおいても、現経営者に関する株式の譲渡損益に対する所得税や、承継者に関する贈与税や受贈益が生じる可能性があります。
中小企業の後継者を選ぶにあたって②従業員への承継も重要な選択肢のひとつとなります。
その場合は、譲渡のタイミング(贈与または遺贈)や価格(無償または有償)などを詳細に決定していく必要がありますが、親族外の承継においても、贈与税・相続税の猶予制度、すなわち事業承継税制を適用することが、一定条件を充たすことで可能となります。
②従業員への承継の場合において、株式の承継を有償または無償による場合の課税関係は以下となります。
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譲渡時の対価 |
課税関係 |
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譲渡側(現オーナー) |
承継側(後継者) |
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②従業員への承継 |
無償 |
課税なし |
時価で譲り受けたものとされ、時価相当額の受贈益に贈与税が課税 |
有償 |
譲渡益に対して譲渡所得課税 |
時価相当額で譲渡される場合は課税なし 時価より「著しく低い価額」で譲り受けた場合は、時価との差額に贈与税が課税 |
無償による承継を行う場合であっても、会社の価値によっては多額の贈与税が発生し、そのことが円滑な事業承継の障壁になるケースは多いため、適用可能な制度の内容や留意点については知っておくと役に立つ場面があるでしょう。
従業員への事業承継が選択される理由
会社のキーパーソンが次期社長になるケースは多く、背景には以下のような要因があります。
- 社歴が長く経営を最も理解している
- 親族に後継者として適切な人物がいない(子が他の会社に就職している)
- 従業員の士気向上につながる
- 他の従業員や取引先から理解を得やすい
ただし、経営と株式の保有は法的には切り離されているもので、上記の理由を達成するには株式を引き継がなくとも、経営者の地位を引き継ぐことで足りると考えられるケースも多いと思われます。
もちろん、経営者と株主の地位をセットで考え、両方を引き継ぐということも不自然ではありません。
従業員への事業承継の課題
会社のことを良く知る役員や従業員に会社を継がせることはひとつの大きな選択肢でありますが、現実的には親族からの見られ方、後継者である従業員自身の覚悟や資金面でのハードルといった懸念点はゼロではないでしょう。
■ 株式保有の必要性
前述のように、株式を持たずとも社長として経営を受け継ぐことは可能です。
信頼のおける人物が会社の代表取締役となることで、対内的には従業員からの理解を得られ、対外的には取引先関連の引継ぎはスムーズに行えるため、後継者がそれで十分と考えるケースも存在すると思います。
また、場合によっては経営者の親族が、経営者の持つ財産である株式を身内でない第三者に譲ることに反対することや、従業員自身が会社の株式を引き継ぐことまでは覚悟できないこともありますので、株式を承継する必要性という点は従業員への事業承継においては大きな論点となります。
ただし、経営のみを従業員に引き継ぐ場合は、株式を将来的に誰に贈与または相続するのかは決めなければならず、現経営者にとっては承継の好機を失うことにもなります。
■ 株式を承継する場合の納税資金・株式取得代金の用意
前述のように、従業員が株式を承継する場合には、無償の場合は贈与税、有償の場合は取得代金(+金額によっては贈与税)の資金負担が発生します。
有償譲渡の場合、後継者は株式をすべて買い取る資力を持ち合わせていないことが考えられます。また、贈与や遺贈の場合には、贈与税や相続税の負担が大きいという問題が起こります。
会社の価値が創業時から大きく向上している場合は、いずれの場合であっても一個人が負担することが不可能であることが考えられます。
なお、無償で贈与を受ける場合の税金対策としては、この記事のテーマである事業承継税制の適用により納税猶予を受ける方法があります。
■ 無償での贈与の実行可能性
後継者の資金面での事情を理由に無償で贈与を受けることになった場合、親族の目線では創業者が苦労して育ててきた会社の株式を無償で第三者に譲ることは抵抗があるという状況もあり得ます。
そのような場合は、後継者候補である従業員は、株式の承継はあきらめるか、有償取得に切り替えることを考える必要があります。
ただし、有償取得までして非上場会社の株式を持つことのメリットを従業員本人が見いだせない場合や、一個人の資金力では買取が難しく、かといってそのために借金を負うのは家族から反対されるといった事情で、有償での取得は達成できないことも考えられます。
このように、現経営者に子がいない、または子が会社に従事していない場合には、合意の上贈与や遺贈によって第三者である従業員へ株式の引き継ぎを行うことも考えられますが、前もって多くの関係者との協議が必要となります。
事業承継税制の適用要件
前述のような論点はあるものの、無償の贈与によって従業員に株式を引き継ぐことができる場合、要件を充たすことで贈与税・相続税の納税猶予を受けることができます。
具体的には、会社、先代経営者、後継者にそれぞれ以下の要件に当てはまることが求められます。
先代経営者と後継者の要件は、相続 もしくは 贈与のどちらによって承継を行うかで、一部の要件が異なります。
■ 事業承継税制の適用要件
会社に関する要件
– 非上場
– 中小企業基本法上の中小企業者
– 資産管理会社ではなく事業を営んでいること
– 総収入金額および従業員数が0ではないこと
– 「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」に基づき、適用要件を満たすことについての経済産業大臣の認定を受けること
先代経営者に関する要件
– 会社の代表者であったこと
– 同族関係のある者を含めて、会社の50%超の議決権を保有していたこと
– 同族株主のうち、後継者を除いた者の中で最も多くの議決権を保有していたこと
【贈与で承継する場合の追加要件】
– 会社の代表者を退任していること
後継者に関する要件
– 会社の代表者であること
– 同族関係のある者を含めて、会社の50%超の議決権を保有していること
– 同族株主の中で最も多くの議決権を保有していること
(後継者が2人または3人の場合は、議決権の10%以上を保有し、かつ、他の後継者を除き、最も多くの議決権を保有していること)
【相続で承継する場合の追加要件】
– 相続開始前から会社の役員であったこと(先代経営者が70歳未満で死亡した場合を除く)
【贈与で承継する場合の追加要件】
– 20歳以上であること
– 贈与時点で役員就任から3年以上が経過していること
■ 申告要件
– 申告書および添付書類の税務署への提出
– 納税が猶予される相続税額および利子税の額に見合う担保を提供
(ただし、対象非上場株式の全部を担保提供する場合は、必要担保額に見合う担保提供があったものとみなされる(譲渡制限が付されている場合でも担保提供可能))
■ 納税猶予額
特例対象となる承継者が譲り受けた非上場会社株式の価額
(=非上場会社株式の1株当たり株価 × 承継者が取得し申告書に記載した株数)
■ 納税猶予の打切事由
事業の継続・会社の代表者兼株主として継続関与することが要件となっており、次に該当した場合、その日から2ヵ月の間に猶予されている相続税(または贈与税)および利子税を納付する必要があります。
– 対象会社株式の一部または全部を譲渡した場合
– 承継者が会社の代表者ではなくなった場合
– 会社が事業を停止した場合(資産管理会社になった場合を含む)
事業承継税制を使用して親族外へ事業承継する際の留意点
事業承継税制を適用することによって、後継者が株式の贈与を受ける場合に贈与税や相続税の納税猶予を受けることができます。
加えて、後継者がその次の後継者に事業承継税制を用いて株式の引き継ぎを行うことができる場合には、その猶予されている税金が免除されることになり、上手く活用することで非常に大きなメリットを享受することができます。
この点のみを考えると非常に素晴らしい制度に見えますが、一方で留意すべき点もいくつか存在します。
■ 納税猶予の打切り事由の存在
事業承継税制には納税猶予の取消となる条件があり、それに抵触してしまうと納税義務が生じます。
具体的には、後継者が会社の代表者かつ株主として継続関与する必要があり、例えばM&Aによって一部でも売却してしまうと納税猶予の打切りとなってしまいます。
また、納税猶予が取り消された場合で、かつすでに先代経営者が亡くなっている場合、第三者である相続人の相続税は2割加算となります。
対策としては、次の後継者を見つけ、事業承継税制を用いて引き継ぎを行うことによって納税の免除を受けることですが、通常その後継者の子は同じ会社に従事していることは少なく、現実的にはそう簡単に引き継ぎは可能ではないと想定されます。
■ 事業承継税制を適用して贈与を受けると他の相続人の相続税負担が重くなる
贈与時に事業承継税制を適用して納税猶予を受けた場合で、先代経営者が亡くなった場合には、当該贈与税の納税猶予分は相続税課税に切り替わります。
ここで、後継者は条件を充たす限りは、非上場株式について引き続き相続税の納税猶予を受けることができますが、相続税の課税ベースが引き上げられることによって他の相続人が負担する相続税の金額が高くなってしまう結果となります。
また、相続税の申告に親族外である後継者が関わることになり、被相続人である先代経営者の財産の内容が詳細に知られてしまうという事情もあります。
これらの点を、非上場株式の贈与を受ける事前に、親族に対して適切に説明を行った上で贈与を行わなければ、後々トラブルの火種になる可能性も十分にあります。
■ 後継者が先に死亡してしまった場合のリスク
事業承継税制の適用を受けて非上場株式を承継した場合、万が一その後継者が先代経営者よりも先に亡くなってしまう場合は、先代経営者から株式を引き継いだ後継者の贈与税の納税義務は免除されますが、当該株式はその後継者の死亡による相続の対象財産として課税される可能性があります。
要件を充たせば、さらに次の後継者への引き継ぎに関しても事業承継税制を適用することは可能ですが、それに備えて遺言で適切に選定していなければ、その後継者の法定相続人に株式が相続されることになり、事業に全く関係がない配偶者や子に株式が渡り、本来期待していた結果が得られないという事態が起こり得ます。
高齢による死亡のみではなく、事故等が原因で先代経営者よりも早く亡くなってしまうリスクはゼロではありません。そこまでの状況に対しては、通常は対策を講じるような性質のものではないですが、リスクとしては念頭に置かれるとよいかもしれません。
事業承継税制の特例の期限
平成30年税制改正で定められた事業承継税制の特例は、10年間限定の特別措置です。
具体的には、2018年1月1日から2027年12月31日までの10年間に発生した贈与や相続であって、2018年4月1日~2023年3月31日までの5年以内に事業承継計画を提出することが要件になります。
現時点においては、上記期限が定められているため、制度の活用を検討される場合は、専門家である税理士にご相談の上、早めの計画を立てることが望ましいと言えます。
まとめ
国・地方自治体・行政による事業承継の対策は近年手厚くなっている領域であり、そのひとつである事業承継税制は、第三者に対する贈与においても適用することが可能です。
ただし、形式的には要件を充たし納税猶予を受けることが可能な場合であっても、実際の適用を検討される際にはいくつかの事項に注意が必要な制度と言えます。
親族外承継について、準備すべきことはケースごとにそれぞれ異なり、適用要件の充足可能性の他にも、会社や経営者ご自身の置かれている状況の分析や関係者との協議など、入念な準備が必要となります。
そのためには、事業承継税制を含めた相続税・贈与税に関する取扱いを正しく理解し、早めの承継対策を講じることが重要であり、専門家である税理士へのご相談がおすすめです。
また、役員・従業員などの会社関係者に対する事業承継のみならず、第三者へのM&Aによる譲渡というものも近年では注目されており、場合によっては承継相手として考えることが良い場合もあります。
当社では、M&A・事業承継に関する諸論点に加えて、税理士による相続税・贈与税に関するアドバイスも含めた支援が可能ですので、ご不明点等があればお気軽にご連絡ください。
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この記事を書いたのは
S&Gパートナーズ株式会社
代表取締役
税理士・公認会計士
有限責任監査法人トーマツでの勤務の後、M&AブティックファームおよびデロイトトーマツファイナンシャルアドバイザリーでのM&Aアドバイザリー経験を経てS&Gパートナーズ株式会社および志村俊光税理士・公認会計事務所を設立。
M&Aアドバイザリー業務・財務デューディリジェンス・企業価値評価業務の経験と会計プロフェッショナルとしての知識を活かし、会計・税務の高い専門性を要するM&A取引のアドバイスを得意とする。
税理士登録番号: 144964
公認会計士登録番号: 32131